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むかし話し
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22歳頃の母、どこかは不明
母のはなし その1 
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長野県の山奥

上水内郡に生まれた母は4人姉弟の長女で、はいからさんだったそうで父が楽団で

近くに演奏会で来ていたときに見に来て父に一目惚れだったさうで(今でいう追っ

かけでせう)、15歳の差を乗り越えて結婚して姉が5歳、僕が3歳の時に富山に

引っ越してきました。どうして富山なのかはわかりませんが父の仕事(音楽)関係

なのでしょう。もちろん店はまだ持っていないので料理屋に働きにいっていたそう

です。今思えばその頃の話しはしたがらなかったので、たぶん辛い思い出があった

のだと思います。西中野の家の玄関を改装して茶文を開店したのは昭和32年頃で、

住宅街でするのに無理があり駅前に店を移したのは僕が小学校の低学年の頃でした。

そんな母が大きな事故に遇います・・・  続く。